「おつかれさま、さん」
にっこりと笑われて、一瞬ぼーっとしかけた(いけない、変な人だ・・・)。

「あ、はい。おつかれさまでした、スピットさん」
あたしも何とか笑顔で返して、スピットさんが別のところにいった瞬間、思いっきり息を吐いた。



このものすごくセンスが良くて綺麗な美容院は、あたしの職場だ(っていってもまだまだ修行中ですけどね・・・)。
さっき声をかけてくれたのが店長であり美容師のスピット・ファイアさん。腕がものすごく良くて、優しくって紳士で、でも仕事はしっかりきっちり厳しい人・・・で、好きな、人。

い、いやいやいや!べ、別に言うつもりも無いけどね!(何ていったって、手の届かない人、だし)。
A・Tでも有名な人で、知り合いには美人さんとかたくさんいるだろうし、彼女ももしかしたらいるかもしれないし。


「最初はそんな動機じゃなかったんだけどなぁ・・・」

ただ、スピットさんの腕に尊敬してて、それで働きたいって思っただけなんだけど。

恋って、本当いつの間にか落ちてるものなんだなぁ・・・。
カーラーを丹念に洗いながら、ぼんやり考えた。



だからといって告白を出来るわけでもないし、するつもりもないし(というか、できない・・・)。
過去完了形で言うにしても、せめて一人で出来るようになってからじゃないと。

スピットさんに彼女がいたって、好きな人がいたって、思うことは悪いことじゃないしというか勝手に思ってるだけだし。
いつか、言えたらいいなぁ・・・と思いながら日々修行に明け暮れてみる。


「・・・それでも進歩しないって、駄目だなぁ・・・」

洗い終わって服と掌はガサガサで、しっかりとハンドクリームをすりこんだ。パーマ液ってきっついからなぁ・・・。
さて、洗うのも終わったことだし、練習しよう。
そう思って行くと、そこにはスピットさんしかいなかった。


「・・・ス、スピットさん・・・?」
声をかけると、こっちを向いてにっこりと笑った。

さん、練習?」
「は、はい・・・。洗い物が終わったので」
練習しに来たんだけど・・・なんでスピットさんしかいないんだろう・・・(物音一つしらしませんけど・・・!)。


さんは手大丈夫かい?」
「へ?」
あ、手?ハンドクリームで気をつけてはいるけど、大分ガサガサだよな・・・。と思ってると、突然スピットさんの白くて綺麗な手があたしの手を掴んだ。

・・・ん?つか、んだ?


「――す、すすす、スピットさん!?」


あの、お綺麗な手ですね!っじゃない!!何でスピットさんがあたしの手を持って、っていうかしかも触ってる、っていうか近い近い近い!
ばくばく心臓が煩くて、息をするのも大変になってきた。

と、いうか指が・・・スピットさんの指が、あたしの、手をなぞる。


「ハンドクリームがあんまりあってないのかもしれないね」
スピットさんがなにやら色々言ってるけど、もう心臓の音が煩くて、あたしは返事をするので一杯一杯だった。
「そ、そうかも、しれませんねっ・・・!」

う、嬉しいですけど手を離してください――ああでも、離さないで!(どっちだ!)


パクパク口を動かしてると、突然掌が引っ張られて――。

「すっ!?」

「はい、このハンドクリーム結構良いから」
小さな瓶を掌の上に乗せられたけど、それどころじゃない・・・。

この人――あたしの掌に、き、きき、きすしたっ!



「それじゃあ、練習頑張ってね」
そう笑ったスピットさんに、あたしは10分くらい固まって動けなかった。








( あれ、っていうかこれって、ひょっとして夢とかいうオチじゃないよね? )