胸に手を当てて深呼吸深呼吸。そうしないと中で倒れることがあるから・・・うん。
やっと落ち着いた心であたしは扉を開いた。


「いらっしゃい」

「こ、ここ、こんにちはっ!」
ニッコリと、まるで後ろから後光がさしてそうな人がにっこりと笑った。
この人はスピット・ファイアさんで、・・・えと、一応、現在お付き合い中の人です。



「それじゃあ、今日はどうする?」
「え、えっと、髪切ろうかなぁと思って」

あたしに似合いそうな髪形でお願いします、というと、スピさんは笑顔で了解といってくれた。
あたしはいつもこの美容院の常連で、通ってるうちにスピさんが好きになって、で何時の間にか告白されて・・・言葉にすると恥ずかしいな、おい!!

げふんげふん・・・とにかく、えっと、それから付き合うようになりましたというわけで。

スピさんは変なフェロモン出るくらいに格好いいから、何ていうか、つりあってない感じがする・・・(だってスピさんのフェロモンで女の子倒れたことあるからね!)。
まぁ、でもデートしたりとか、キ・・・キ・・・キスもしたりとかしたし、好きでいてくれるんだろうなぁとは思うけど。


「変なこと考えてる?」

「へっ!?」
へ、変、変なことって・・・っ!・・・考えてたけど。


「顔、にやけてるよ」
楽しそうに笑うスピさんが鏡越しに見えた。
うぅ・・・一人にやけてるとか、凄く変な人みたいだ・・・!

「いや、あの、スピさんとのことを考えてたと言いますか、あの、別にその変なこと考えてたわけじゃなくてっ!」
わたわた手を動かして弁解すると、鏡越しでスピさんがクスクスと笑った。

「嬉しいね、僕とのことを考えててくれたんだ」
「いや・・・その・・・」

スピさんは鏡越しでさらに楽しそうに笑った。ものすごく楽しそうに(半ばお腹まで抑えかけてるし・・・)
ちょ、時々失礼だよ、この人!



「ごめんごめん。続けようか」
そう言って、鏡越しのスピさんがはさみを滑らせる。しゃきしゃきと音がして、あたしの髪が地面に落ちていった。


「・・・本当に、スピさんって魔法使いみたい」

「またそれ?最初の時もそう言ってたよね」
シャキシャキ髪が落ちて、スピさんの綺麗な手があたしの髪を掬う。


「だってスピさんに髪切ってもらうと綺麗になって嬉しいのと一緒に、幸せな気持ちになれるから」
多分スピさんが髪を切るのと同時に不幸せな気持ちも切ってくれるんだってあたしは本気で信じてる。

他の人の髪も触って切って幸せにしてるのかと思うと、ちょっと嫌な気分になるけど。



「そういえば、明日空いてる?」
「え、はい」
ついつい考え込んでると、スピさんが聞いてきて、あたしは反射的に頷いた。


「よし、出来た」
「わ、ありがとう」
最後の仕上げと言わんばかりに鏡越しのスピさんがあたしの髪を撫でてくれて、さっきとは違うあたしがいた。

「うん、似合ってるよ」
と笑うのは鏡越しのスピさん。


それからくるりと椅子が回って、今度は鏡越しじゃないスピさんが笑った。
「明日、デートしようか」

「!―――はい!」









( さぁ、今度は鏡の中の美容師のあなたじゃなくて、現実の貴方と恋をしましょう! )