「うぅう・・・」

じわり、と浮かんだ涙をあたしはぐいっと拭った。
少し前までハッピーに浮かれていたあたしの気持ちは一気に沈んで、今やもうずぶずぶと泥の底を這いずりまわってるような。
そんな気分だ。

「・・・ぐず・・・」
う、鼻水出た・・・。

もう夕方を過ぎはじめて暗くなってきた空を見上げながら、ずずっと涙とか鼻水とか色んなものを吸い込む。
もう二十歳越えちゃってるのに、思いっきり走っちゃって何やってるんだろ、あたし。
しかも走ったりなんてしちゃいけないのに。
ジンジンと足の裏が痛くて、思わず涙が出てくる。


さっき、思いっきり浮かれた気分で歩いていたあたしの気持ちを底辺まで叩き落としたのは、大好きな人の笑顔で。
っていっても、あんまり大爆笑する方じゃないけど、でも、その笑顔を向けていたのはあたしじゃなくて。

テマリ、さん。

あたしは忍者じゃないから少ししかお話したことないけど、風影の補佐をしていて、忍としての技術も高くて、凄く優しい人で・・・綺麗な人。
シカマルとは何度も交流があるらしくて、何度かシカマルの口からもテマリさんの名前を聞いたことがある。

そんな、優秀な人と違って、あたしは忍じゃない、ただの一般人で。
あの人は、シカマルと同じラインに立ってるんだって思うと、なんだか悲しくて、怖くて、泣きたくなって。
いつだって笑い飛ばして、シカマルを張り飛ばしたりして、偉そうな口叩いてるのに。
対等な二人を見て、あたしは突っ込んでいくこともできずに、ただ回れ右をして走り出すことしかできなかった。


「っ、」

ベンチの上に座り込んで、真っ暗になった空から目を逸らしてじっと薄暗い地面を見つめた。
丁度光の当たらないベンチはなんだかぴったりあたしの場所のような気がして、段々寒くなってくるのにそこから動くことが出来なかった。



「・・・何、やってんだ」

「!」

ふいに、耳に響いたその声に、思わず体を震わせた。
間違えるはずもなく、それはさっきまでテマリさんと話をしていたシカマルの声で、それにまた涙腺が弱る。

「姿が見えたかと思えばなんか急にUターンして走り出すし、追いかけてみりゃ泣いてるし、動こうとともしねーし・・・ったく、めんどくせー」
ずしり。
と、そのシカマルの口癖が何だかささる。

「ほら、いいから帰るぞ?」
「―――さい、」
「あ?」
ぎっ、とあたしは涙まみれの顔を気にせずに上げて、目の前でめんどくさそうにしているシカマルを睨みあげた。

「っ、うるさいうるさいうるさいっ!!そんなにめんどーなら帰ればいいじゃない!こんなめんどーな女置いて帰ればいいじゃないっ!」
「は・・・?って、おい、、何泣い、」
「どーっせ!どーせあたしは何にもできないわよ!走るのも遅いし、忍術もできないし、戦えないし、頭悪いし、家事もできないし、あまつさえ怒鳴り出すようなウザったい女よ!!」
涙は後から後からあふれ出てきて、視界も歪んで、頭もぐらぐらして、もう何が何だかわからない。
段々口走ってる言葉の意味もわからなくなってくる。

「テマリさんみたいに美人じゃないし、イノちゃんみたいに格好良くないし、サクラちゃんみたいに根性強くないし、どーっせモブにもなりきれないただの一般人よ!通行人Aよ!」
「ちょ、いや、意味わかんねぇっての!」
「それでもっ」

初めて見るシカマルの焦った顔すらも涙でゆがんでもう、わけがわからなくて。
頭を通り越して本能が叫ぶままに夜の公園で思いっきり叫んだ。

「それでも好きなんだから、しょうがないじゃないっ!!」
「―――は、」
「それでもっ!それでも・・・好きなんだもんっ・・・うぇ、やだぁ・・・一緒がいいよぅ・・・」

他の女の子がどれだけ優秀でも美人でも可愛くても頭良くても家庭的でも、それでも。
それでも、絶対にシカマルを一番に好きなのはあたしなんだから。
だから、だから。

「・・・馬鹿。一緒に決まってんだろ・・・ったく、当たり前のこと言わせんな、めんどくせぇ・・・」
ふわり、と暖かいものに包まれたかと思うと、シカマルの声が耳元で響いて、ぎゅうっと強くシカマルの腕に包まれる。
その暖かさが、冷えた体に滲みわたってじんわりとまた涙が零れ始めた。
「・・・ちくしょ、親父の二の舞かよ・・・。後悔はしねぇけど・・・」
「?・・・あのね、あのね?シカマル」
すん、っとすすりあげて、ぎゅうっとシカマルにしがみついた。
親父の二の舞ってなんだろ・・・。
「ん?どーした?」
「あのね・・・・・・赤ちゃんが、できたの」


ぴたりと、あたしの頭を撫でてくれていた手が止まった。
「・・・・・・」
「シカマル・・・?」
ゆっくりとシカマルの腕が離れたと思った瞬間。

ちゅ、と小さな音とともにあたしの唇にシカマルの唇が静かにおちた。


・・・一生、一緒にいてくれ」
「・・・めんどくさくないの?」
そう尋ねると、シカマルが頬を少し赤くして、ゆるりと微笑んだ。

あ、その顔、好き。


「めんどくせぇわけがねぇだろ、馬鹿





奈良シカマル君に、赤ちゃんができましたって言ってみた。



( 他の誰でも嫌なの、貴方が貴方だから、好きなの )