「久し振り、骸君」 ヒラヒラと手を振った先にいたのは、目を見開いた襟足が肩まで伸びた骸君だった。 目の位置にあった肩は随分と上をいっていて、きっとあたしの頭の天辺くらいに骸君の肩がくるんだと思う。 ああ、そうか。もう10年も経つんだね。 ふと我に返った骸君は一緒に居た犬君や千種君とは違う人たちに断ってあたしの方にやってきた。 後ろの人たちが驚いた顔をしてるっていうのに、骸君はあたしの手を取ってぎゅうって確かめるように握って、それからそのまま抱き上げて抱っこして走り出した。 骸君の頭の横から見えたあの人たちは驚いた顔をしてあたしを見ていた。 「ここはどこなの、骸君」 結構暗めな路地にあるマンホールから繋がってる大きな地下で(マンホール開けたら階段があって入口がぐわわわわって広がった)、中はすごく綺麗だった。 「ボンゴレのアジトです」 ボンゴレ、ボンゴレって何だろう。 まさか、あさりじゃあるまいし。 「そう」 あっさりと答えると骸君は痛むように噛み締めるように眉間に皺を寄せた。 「、疑わないんですか。怖がらないんですか?」 最初の言葉は確認をして、次の言葉は疑問として骸の口から出た。 怖がるって、何を怖がればいいんだろう。 「あ、あの入口がぐわわわわって開いたのはちょっと怖かったよ」 「そんなことはどうでもいいんです」 あれって一体どうなってるのってあたしの言葉はあっさりと切られた。 何を、怖がれっていうんだろう。 ボンゴレっていうのが何かなんてわからないけど、多分とても大きな組織か何かだと思う。 じゃなきゃ、こんな地下なんて作れないだろうし。 そんな大きな組織で骸君は過ごしているんだ。 「、」 呼びかける声に、あたしは目線を上げた。 「質問に、答えてください」 哀しく辛いものを噛み締めるように言った骸君に、あたしはまた首を傾げることしかできなかった。 「怖がるものなんて、どこにあるの?」 こんな地下作れるところなんだボンゴレって、凄いなぁって思ったけど。 怖いもなんて、どこにあるんだろうか。 「あの男とはどうなりました」 突然質問を変えた骸に、あたしはさっきのを問い詰めるわけでもなく答えた。 こんなやりとり、昔はあたりまえだった。 「そりゃまだ夫婦だよ。政略結婚だもん」 愛はなくたって世間体ってものが離婚をさせないし、愛はなくたって逆らえないものがある。 今日は友達とイタリアに来たんだよっていうと、骸君はあたしの手をぎゅっと握った。 「僕は、をこのまま幽閉するかもしれない」 手首を縛って、足首を縛って、ここから出られないように。 怖いでしょう、と泣きそうな顔で言う骸君に、あたしは首を振った。 「過去恋人でもない、ただ転校生としてやってきたクラスメイトの僕が、ですよ?」 うん、そうだね。 あたしと骸君との関係なんてさしてなくて、言うならばただのクラスメイトだったってだけ。 たったそれだけ。 「僕はを縛りつけたあげく、性欲処理のようにを扱って閉じ込めるかもしれない」 怖いでしょう?そうまた痛そうに笑った骸君に、あたしはやっぱり首を振った。 しないだろうって思う、でもそうされたからってきっと怖くないと思ってしまった。 「怖くないよ」 駄目だねぇ、骸君。 あの時の青春っていうものを忘れられないんだよあたしは。 だって、あたしは確実に貴方が好きだった。 あの日、貴方が転校生としてやってきた時から、あたしは骸君が好きだった。 今、怖くないといいきれるくらいに。 「それに、骸君はあたしの望まないことなんてしないでしょう」 自信じゃない、確信。 骸君は本当は本人が思う以上に優しい人だから。 そう言うと、骸君が観念したように言った。 「全く、にはいつまでたっても勝てませんね」 嬉しそうに、でも寂しそうに笑った骸君はあたしを抱きしめてキスをした。 離れた唇はちょっとだけ震えていた。 「時間が来ちゃう」 友達との集合時間。ちらりと見えた時計に、あたしは呟いた。 そうすると骸君はその笑顔のまま少し離れて、あたしに手を差し出した。 「選んでください」 何と何を、なんていわなくても分かる。 あたしはこの手を取ったらいつもの毎日と平穏を失うんだろう。 友達だって全部失ってしまうだろう(ひょっとしたら世界さえ奪われてしまうかもしれない、骸君に)。 あたしがこの手を取らなかったら何も無い毎日がやってくるんだろう。 そうして、あたしは骸君を失うんだ。 (あの日突然消えてしまった、あの日のように?) ゆっくりと、冷たくてでも柔らかい掌の上にあたしは手を重ねた。 ぎゅうっと優しく強く握られて、確かめるように訴えてくる目にあたしは頷いた。 あたしはこの日、平凡と毎日と拘束を捨てた。 |