「おや、不機嫌そうだね、トリックスター」
「スピさん」
夜の大きなビルの上で、突然かけられた声に、あたしは振り返った。

不機嫌そうに・・・見えたのかな・・・?

「そんなことないよ。相変わらず、空は綺麗だしな」
むしろ、ご機嫌だよ?

というと、スピさんは、納得しないように、苦笑してくれた。
「そうだね」


本当にいい夜だ。


と呟いたスピさんの視線の先には、大きく光る月。
丸くて、大きくて、どこまでも、吸い込まれそうな。



「吸い込まれて、いけたら楽だろうけどね」
修行するたびに、空へと飛ぶ彼の思いが募った。
トリックスターとして名を連ねていくたびに、彼に会いたくて仕方が無かった。

でも。

「やっぱり、不機嫌そうだね、トリックスター」
苦笑するスピさんに、あたしは曖昧な笑みで返した。

「そうかもな。・・・俺の月は、傍にあるように見えるのに。それなのに、手が届かないくらいに遠いんだ」

す、っと手を伸ばすけど、月には届かない。
夜の鳥には、永遠に届くことがない。



「――――なんてな」

ニカっと笑うと、スピさんも微笑んでくれる。
こうやって率直に聞かないところが、大人の人のいいところだと思う。
知らないでいてくれるって、素晴らしい。

「じゃあ、俺はそろそろ飛んでくるよ」
どこへ、とはいわずに、A・Tのロックをはずした。
「ああ、またね、トリックスター」


トリックスター、トリックスター。
あたしは道化師で構わない。
方法を間違えた。
傍にはいれたけど、彼に見てもらうことは、永遠に叶わない。


「あーあ、損な性分・・・」


それでも今更この関係を壊してまでも、見てもらおうとは思えない。
離れていかれるより、よっぽどいいから。
胸が痛む。


トリックスター、トリックスター。
あたしは道化師、愚かな道化師。
「それでもあたしは」
笑みを絶やさず歌いつづけるの。





トリックスター、糸が切れた道化師は



( いつか崩れ落ちるんだろうけど )